全てはネガティブ思考から始まった。それでも人生は変えられる!!

心理学・スピリチュアル・東洋医学の観点から、様々なお悩みを解放してゆく。福井県発、現在全国展開活動中のカウンセラーのブログです

最近思っていること

なんだかモヤモヤする。

 
原因が分かりながらモヤつく時。
 
原因が分からずモヤつく時。
 
どちらもあるものです。
 
最近お越しくださる方で
「早めに相談しておけばよかった。でも相談する気力すら出なかったんです」
とおっしゃられることが多いです。
 
このお気持ちよく分かります。
 
「ストレスが溜まる」を通り越し、「ストレスフル」の状態になるともはや何もしたくないという状況に陥ります。
 
現代社会はお家に帰っても、気持ちが休まらないことが多いです。
 
お家でも人間関係が存在する。
 
たとえ一人暮らしをしていても、お家でソーシャルネットワークやメール、電話などのやりとりが続く。
 
脳からすれば、理論的には「家にいる」と認識していても感覚的には「人間関係がそこにある」と捉えてしまい、本当の意味で気が休まりません。
 
挙げ句の果てには、インターネットやテレビなどから絶え間なく影響力を良くも悪くも受け取りますので、感受性が強い方であればその日のうちに自分の軸が揺らぐことも多いです。
 
他人との比較に苛まれることが増えてませんか?
 
僕は今日までサロンを開業しての8年間、心理カウンセリング、スピリチュアルカウンセリング、整体、エネルギーヒーリングと経験させてもらっていますが、もはやどの手法が最高であるということが断言できません。
 
何かに偏ることでなく、すべては「バランス」であり「臨機応変」がこれからの時代のカギになることでしょう。
 
近年ではカウンセラー、セラピスト、医療従事者、経営者の方々がお越しくださることが圧倒的に増えました。
 
「せっかく資格をとったのに、自分はなぜこんなにも疲れてしまうのか」
「癒しを提供する身でありながら自分自身がカウンセリングを受けるなんて恥ずかしい話です」
「人の前では元気でなくても笑顔でいなければならない。私はカウンセラーだからという概念に疲れた」
「私は経営者をしている立場。皆から強いと思われているので弱音を吐き出すことはできない」
 
ということをご相談されることが多いですが、恥ずるべきことでも何でもありません。
 
どんな仕事であれ、肩書きが何であれ、誰にも共通していることがあります。
 
私たちは人間であること。
 
常に元気でいれるはずがない。
 
強いときもあれば弱くなるときもある。
 
自信に満ち溢れるときもあればどうしようもなく自信が無くなるときもある。
 
幸せを感じるときもあれば不幸を感じるときもある。
 
このように日々波打つことは、人が生きている「証」というもの。
 
ここ数年、僕自身も大きく心が揺れました。
 
心理学や精神に関わるスピリチュアル、整体、エネルギーヒーリングと、どれが一番自分にとってベストを発揮できるのだろうと。
 
今年に入りようやく一つの答えが出たのが、偏らないことが大事ということ。
 
今までのことは活かせばいい。
 
でも、過去の経験や知識に縛られるのでは本末転倒。
 
僕もカウンセラーという言葉に縛られたことがあります。
 
「カウンセラーであれば自分の心を把握し、コントロールできねばならない」と考えていたことがありました。
 
そんなことは結果的に無理でした。
 
無理と分かるとどうなるか。
 
「自分の心を把握できないことだってある」と分かるわけですから良い意味で諦めがつくのです。
 
諦めがつくとそれに関して対処しなければならないという悩みが劇的に軽減します。
 
そうすると自然と
「明日からまた頑張ってみるか」という気持ちになります。
 
諦めて、また頑張り、つまずけば諦め、そしてまた頑張る。
 
これの繰り返しで自分の進むたい道を少しずつ歩いていけばいいと思います。
 
 
僕のところにお越しのときは諦めの気持ちでお越しの方が大半です。
「まだ自分でやれる」という時にはお越しにならんものです。
 
この良い意味での「諦め」、そして「本音で弱音を吐き出せたとき」が、また運気を取り戻し前向きに進むきっかけになるということを、教えてくれたのはお越しくださる方々のお姿でした。
 
悩むことは悪くない。
 
弱くなること、自信をなくすことは悪いことではないのです。
 
その気持ちを素直に認めることから始まるのではないでしょうか。
 
肩書き、立場、これらは自信になる反面、思わぬ重圧となり苦しむ縛りになることもあるということです。
 
僕もカウンセラーとして現在活動していますが、あくまで「我」を忘れてはならないと思います。
 
 
最近感じたことをツラツラーッと書き綴ったので起承転結があいまいでごめんなさい。
 
でも感じたことをやっと文章に出来ました。
 
お見苦しい文章もあると思いますが、今日も最後までお読みくださいましてありがとうございました。